消費税申告で簡易課税選択の損得を判断する3つのポイント
開業して2年目の終わりになると、気になってくるのが消費税の申告のことです。
平成29年8月現在の法律では、基準期間(前々年)の課税売上が1千万円以下であれば消費税は免税となります。
つまり、新規開業者にとっては「開業して2年間」は消費税の申告が免除されるわけです。
ということで、開業初年度の課税売上が1千万円を超えた場合、3年目から消費税の申告が必要となります。
ここで問題になってくるのが、消費税申告の方法を簡易課税でするかしないか?ということです。
簡易課税制度について
消費税の申告方法には小規模事業者の特例として「簡易課税制度」というものがあります。
ちょっと脱線しますが、免税制度も簡易課税制度も小規模事業者の特例ということで設けられた制度です。
しかし、これまで数多くの租税回避行為の温床になってきたのも事実で、その度に税制改正が行われ租税回避行為に対応してきたため、今では非常にわかりにくい複雑な制度になってしまいました。
そもそも、消費税の計算や申告は煩雑でややこしいから、小規模事業者の負担を軽減しようと導入された制度なのに、こんなに複雑になったら、もはや誰の何のための制度だったのか?と疑問に思うわけです。個人的に。
ということで、話を戻します。
いよいよ来年から消費税の申告が必要な「開業2年目の事業者や経営者」が心配するのが、
「簡易課税と原則課税では、どっちが得なの?」ということですよね。
正確には、「どっちが節税できる?」ということです。
簡易課税の選択届出書は「その課税期間が開始する前日までに提出」しなければなりません。
つまり、開業3年目から課税事業者になる場合、開業2年目の期末までには、簡易課税を選択するか否かを決めなければならないことになるわけです。
そのため、事前のシミュレーション計算などが必要になってきます。
そのあたりのことを、注意点など交えてまとめてみました。
簡易課税制度の計算方法
消費税の申告計算は、ざっくり言うと、売上などと一緒に受け取った消費税から、仕入や経費などの支払時に支払った消費税(控除税額といいます)を差し引いた残額を申告して納税するものです。これが原則的な方法です。
【原則課税の計算】
課税売上に係る消費税-課税仕入に係る消費税
一方、簡易課税制度は、ざっくり言うと、売上などと一緒に受け取った消費税から、「みなし仕入率」によって計算した消費税額(控除税額)を差し引いた残額を申告して納付するものです。
言い換えれば、原則的な計算方法が実際の取引額に応じて計算するのに対して、簡易課税では控除税額を「みなし仕入率」で簡単に計算してしまおうという方法なのです。
【簡易課税の計算】
課税売上に係る消費税-(課税売上に係る消費税×みなし仕入率)
みなし仕入率は、その事業者が営んでいる業種に応じて、とてもザックリと分けられています。
【みなし仕入率一覧】
事業区分 | 該当業種 | 仕入率 |
第一種事業 | 卸売 | 90% |
第二種事業 | 小売 | 80% |
第三種事業 | 製造等 | 70% |
第四種事業 | その他 | 60% |
第五種事業 | サービス等 | 50% |
第六種事業 | 不動産 | 40% |
これだけ多様なビジネスが展開されている現代なのに、たったの6種類しか分類していません。
このため、原則的な方法で計算した場合の消費税額と、簡易課税方式で計算した場合の消費税額に大きな差が生じるケースが出てきてしまうのです。
この状況が「簡易課税にすべきか否か?」で頭を悩ませる原因になっていると言えます。
ちなみに、第4種事業が「その他」であることに違和感を覚えませんか?普通は「その他」って一番最後の番号になりそうなものですよね。
これは、消費税導入当初には4種類しか事業区分がなかったことの名残りで、第五種と第六種事業は後から改正で追加されたため「その他」が4番目に残ってしまったというわけなんですね。豆知識でした。
簡易課税が有利になるケース
簡易課税を選択した方が有利になるケースは、
当然ながら、原則的な計算をしたときより簡易課税の方が納税する消費税額が少なくなるケースですよね。
一般的に、労働集約型のサービス業などで、原価の大部分が人件費(給与)という場合は、簡易課税の方が有利になると考えられます。
これは、給与が仕入れ税額控除の対象にならない経費だからです。
開業1年目以後の財務諸表に基づいて3期目以降のシミュレーション計算をしてみれば、どちらが有利かは判断できます。
ただ、その場合に注意しなければいけない点がありますので、以下で順番に見ていきましょう。
注1 事業計画を考慮する
簡易課税を選択する場合、過去の実績に基づいてシミュレーション計算をするわけですが、ここで重要なのは「過去と同じバランスで事業が継続されるのか?」ということです。
来期からは今までと違ったアプローチで事業展開していく計画があるのならば、シミュレーション計算に反映させなければ正しい判断はできません。
例を挙げると、「今までは従業員を中心に業務をおこなってきたけれど、今後は売上を伸ばしていくために外注作業者の比率を高めていく」という事業計画のケースです。
この計画どおりに推移したとすれば、課税仕入にならない人件費の比率より、課税仕入になる外注費の比率が高くなってくるわけですから、簡易課税が必ずしも有利になるとは限りません。
シミュレーションをする場合には、今後の事業計画などを考慮し消費税の控除税額を計算しなければならないのです。
注2 設備投資計画の有無
もうひとつの注意点が、今後の設備投資計画の有無です。
例えば、3期目か4期目に多額の設備投資を計画している場合、安易に簡易課税の選択をすべきではありません。
先ほども触れましたが、消費税の原則計算では、預かった消費税から支払った消費税を差し引いて計算します。
つまり、建物や機械といった多額の設備を購入した場合には、所得税や法人税の計算上では一括経費にならなくても、消費税の原則計算では購入した年に消費税控除をすることとなるのです。
課税売上より控除する消費税額の方が大きければ消費税の還付を受けることもできます。
ただ、これは原則的な計算方法を採っている場合だけなので、簡易課税を選択してしまうと、多額の設備投資によって支払った消費税を税額控除することも、また、還付を受けることもできなくなるのです。
こういった設備投資計画を税理士や相談相手に説明しなかったため、安易に簡易課税を選択してしまい、大損をしたというケースは数多くありますので注意しましょう。
付け加えると、免税事業者についても、こういった設備投資によって多額の消費税還付が見込まれる場合には、「課税事業者になることを選択」する届出を事前に提出しておかないと還付を受け損ねることになります。
もっとも・・・・・・
簡易課税の選択にしても、課税事業者になる選択にしても、1度選択したら2年間は継続適用となります。
つまり、最初の年は節税になったり還付を受けられたとしても、その翌年は逆に税負担が大きくなることもあるのです。
したがって、消費税のシミュレーション計算をする場合は、単年度だけでなく向こう2年間の計画や予定に基づいて計算しなければならなりません。
注3 どっちか迷ったら原則
私の顧問先にも開業3年以内の方は複数おられます。
当然、消費税のシミュレーションをするのですが、正直なところ「未来のことは誰にも分からない」という話になります。
過去の実績は飽くまでも過去のことであり、将来の事業計画は未来のことなので「不確定」なわけです。
先ほど触れたように、多額の設備投資計画があるとか、従業員から外注に大きくシフトさせるといった「大きな計画」でもなければ、過去の実績に頼ったシミュレーションしかできません。
悩みどころは、受注する仕事内容によって原価構成が変動するような事業形態などで、年によって原則計算と簡易課税の有利不利が入れ替わってしまうパターンです。
簡易課税を選択した場合「2年間の縛り」がありますので、仕事の受注状況によっては不要な納税負担を被る可能性があるのです。
そこで、こういったケースの方に私がおすすめしているのは、原則的な課税方式で申告するということです。
つまり、簡易課税の選択はしないということ。
もちろん、年によっては簡易課税の方が有利(節税)になる場合もあります。
しかし、そうであったとしても、別に「損」をしているわけではありません。
そもそも、原則的な計算方法で申告するということは、本来納めるべき消費税を納税しているだけなのです。
原則計算のままであれば、計画外の設備投資をした場合にも対応可能です。
年によって有利不利が変動するようなケースでは、原則課税のままで申告する方がリスクは少ないと思います。
注)あくまでも私の個人的な見解ですので、全てのパターンに当てはまるものではありません。
まとめ
簡易課税の選択や、免税なのに課税事業者を選択するかどうかは、後の消費税申告に大きなリスクをもたらす手続きです。
安易に決めず、税理士などの専門家へ「事前」に相談することをおすすめします。
また、過去の経営実績を十分に分析したうえで事業計画を立てることも大切なことです。
経理や会計処理を「単なる過去のデータ」として眠らせるのではなく、未来の事業計画に活かしていくことが、これからの経営者に求められることではないでしょうか。
【コラム投稿に関する注意点】
コラム(税理士の日記)に投稿された内容は、執筆当時の法令や情報等に基づいており、前提条件を限定した内容となっています。
安易にそのまま適用されることのないよう、お願いいたします。
実際の税務や会計の処理にあたっては、最新の法令やご自身の条件を検討のうえ、不明な点は専門家等へ個別にご相談してください。